囲碁は一局打つのに可成りの時間が掛かるので、碁を知らない人は、随分無駄なことをやっていると思うだろう。更に、「何が面白いか?」と聞かれると、実は 困ってしまう。囲碁を知らない人に説明するのは難しい。そんな説明に四苦八苦するより、碁を打っている方が良い。 と言っては身も蓋もないので、枯れかけた脳味噌を使って、囲碁の面白さについて考えてみた。
◆じっくり考える楽しさ
僅か19路×19路の碁盤上である 。見方によれば狭い世界である。しかし、普通の人間は、その上で繰り広げられる千変万化の戦いを読み切れないで迷いに迷っている。素人の悲しさと言うか、 未熟と言うか、全く考えが及ばない筋も沢山あるが、50年近く打ってきた経験から、盤上で迷って途方に暮れながら解決策を模索するのが碁の面白さではないかと思う。
従って、対局ではじっくり時間を掛けて考えたいが、あまり時間を掛けて考えていると相手が迷惑するので適当なところで切り上げている。本当はもっと時間をかけて考えたいのである。以前は相手の迷惑を考えて、なるべく長考を控えていたが、最近は自分の体調を考慮して適当なところで切り上げている。

○○大会と言った試合では対局時計が使われる。長考派の小生はこれが苦手である。特にアマチュアの試合では、秒読みが無いことが多いので時間を使い切ると負けである。「切れ負け」と言う名前まであり、この負け方は辛い。過去、時計に追われて悪手を打って負けたことが多々ある。
盤上で勝ち目がないと、その「切れ負け」狙いで打つ人がいる。劫争い等が延々と続くと時間切れを避けられない。あまり褒められたことではないが、ルールなので文句は言えない。時計無しの対局が一番良いと思っている小生だが、相手が自分を上回る長考派だと時計を使いたくなる。
しかし、世の中にはアッと言う間に打ち終わる超早碁の人達もいる 。端で見ていて、あんなに早く打って面白いのかと思うが、ご当人達は早く打つのが好きで遅い人を敬遠しているようだ。超早碁の人達をみていると、考えるこ とが囲碁の面白さと言う我が見解に自信を持てなくなる。そんな超早碁の人に負けるのは悔しいので、碁会所では出来るだけ敬遠している。
◆勝つ楽しさ
何故盤上で迷って苦心惨憺するのか?
対局するからには、良い手を打って勝ちたいのである。但し、相手の見損じやポカで勝っても余り面白くないので会心の手で勝ちたいのである。不思議なことに「良い手を打ちたい」と思うと、意外と勝敗に拘らなくなる。
囲碁を始めたが、負けるのがイヤで囲碁の世界から遠ざかってしまった方々も多い。 気持ちはよく分かる。小生も負けると悔しい。但し、小生は負けると更に打ちたくなる。この点が、囲碁の世界から遠ざかるか、囲碁にのめり込むかの分かれ道かもしれない。加齢のせいか、最近は負けても、あまり悔しさが沸かないのが残念である。
囲碁の勝敗には棋力だけでなくその時の体調・心理状態が大きく影響する。麻雀ほどではないが、碁の世界では「指運」と言う「運」も勝敗を左右する。そう言 う色々な要因があって、終局までのプロセスは波瀾万丈である。そのプロセスでお互いに全力を尽くすが、アマチュアの悲しさで、良いと思って打った手が悪手と言うことも屡々ある。
悪手を打って動揺すると更に悪手を重ねることが多い。対局していると、その辺の心理状態は自覚するのだが止まらない。逆に相手の悪手に乗じて形勢を楽観していると、必死になった相手に逆転されることもある。プロの先生でも勝ち碁を勝ちきるのは難しいと言う。優勢になった碁を打ち過ぎず緩まず勝ちきった時の 気分は格別である。
◆見る楽しさ
若い頃は他人の碁を見るよりも自分の碁を一局でも多く打ちたいと思っていたが、最近は体力が落ちてきたせいか、何局か打つと疲れてしまい休憩が必要にな る。そんな時は他の人の対局を見るのも楽しい。 碁会所だから強い人も弱い人もいるが、どちらの対局も面白い。 盤側で見ていると、色々おかしな手を打っていることがある。
しかし、おかしな手を打っている同士はそのことに気付かずに囲碁を楽しんでいる。 中には勝敗が逆転するようなおかしなケースもある。対局中の口出しは禁物だが、終局後に指摘して、両対局者の表情を見るのも楽しい。早く帰りたいと思いつ つ、終局後の指摘をしたいためにわざわざ終局まで観戦することもある。
盤側で見ていると、対局者が自分より強い人であっても、悪手を打てば大抵分かる。岡目八目である。従って、自分の対局の時も観戦者のような立場で冷静に打 てたら、ずっと良い碁が打てると思うのだが、なかなかそうは行かない。観戦している時は盤全体を冷静に見渡せるのに、対局している時は見方が偏ってしまうことが多い。そこが囲碁の難しいところである。
大きな碁会所ではプロの先生が指導に来る。この指導碁を観戦するのも楽しみである。プロ同士の対局と違って、指導碁では、アマ側が結構変な手を打つ。そう言う極めてアマチュア的局面でプロがどう対応するのか、どう咎めるのかを間近で見ることが出来る。感心するような手を見て勉強になるのだが、年のせいで直ぐ忘れてしまうのが残念なところである。
◆勉強の楽しさ
人並みに強くなりたいと思っているが、生来の怠け者なので余り勉強はしていない。毎月送られてくる囲碁雑誌の付録の「次の一手(隅の死活)」とか「詰め碁 推理教室45題」とかの小冊子を繰り返し読むだけである。同じ冊子を何度も読んでいるが、前回は容易に解けた問題がなかなか解けないことがある。脳は段々 退化しているようである。
若い頃から実戦第一だったので定石などは余り知らない。若い頃、定石の本を読んだことはあるが、拾い読み程度で知識はあやふやである。 定石だけなら、2~3段の人に負けるかもしれないが、囲碁はもう少し奥が深いので助かっている。プロの棋譜を並べるのが良いと言われるが、横着なせいか並 べたことがない。
その点、TV対局の観戦は棋譜を読んだり、石の操作が必要ないので楽である。小生のような横着者にはピッタリである。TVでは、プロの解説者がリアルタイ ムで説明してくれるので、初級者でもそれなりに楽しめると思う。 観戦の楽しさは見る人の棋力とは関係ないが、見る人の棋力が上がると解説の理解度が深まり一層楽しめる。
TVと言えば、NHK教育TVの囲碁講座も横着者の小生向きである。寝転がって見ているだけでも勉強になる。講座のレベルは半年ごとに変わ り、初級者向きだったり、上級者向きだったりするが、 小生にはどのレベルでも面白い。プロの先生の解説は、内容のレベルには関係なく感心させられる。とてもためになるのだが、年のせいか直ぐに忘れてしまうのが悲しい。