鼻毛カッター

今朝(2025年12月6日)、洗面が終わった後で、鼻孔がムズムズするので「ハハーン」と思いました。案の定、手入れしたばかりなのに長いのが2本鼻孔から顔を覗かせていました。ハサミで切ってそのまま捨てようと思ったのですが暇なので記念に写真を撮っておくことにしました。長いと思ったのですが、一緒に撮った10円硬貨の直径が23.5mm(規格&実測)なので我が鼻毛の長さは3cm弱でした。

洗面後に現れた鼻毛

80代半ばになって、全ての身体機能が日に日に衰えてゆくのを実感していますが、鼻毛だけは元気に毎日確実に伸びてきます。多分、生命維持に必要な空気を取り入れる際のフィルターとしての役割がそれだけ重要なのかもしれません。その鼻毛、時たま反旗を翻して鼻孔の奥から顔を出すので困ります。家にいる時なら対応は簡単ですが、街を歩いている時とか、人と対面中などは大変困ります。

鼻毛は身体を保護する役割を持つため、ある程度の長さが必要ですが、その長さが適切でないと、他人からも見えてしまい、身だしなみとして気になります。学生時代は気にしたことは無かったのですが、会社員になって数年した頃から気になりだしたようです。先輩或いは同僚社員に指摘されたのかもしれません。その辺の事情は、認知症予備軍の隠居の記憶は朦朧としてハッキリしません。

最初に使用した道具は鼻毛用の小さなハサミでした。鼻孔の内壁を傷つけないように刃の先端が丸くなったハサミです。朝の洗面時、鏡の前で点検して必要ならハサミを使っていましたが、狭い鼻孔の中での操作が面倒でした。とは言え、小形で軽量なので通勤用のカバンに入れても邪魔にならず重宝してました。そのうち出張用のカバンにも常駐するようになりました。

鼻毛用ハサミ(クリックで拡大)

そんな時、会社の帰りに川崎駅ビル(建て替え前の古い駅ビル)の金物店で手動鼻毛カッターを見つけました。当時のモノとは違いますが、下の写真のような構造でした。原理は簡単ですがうまく使えるかどうか不明でしたし、未だ安月給だったこともあって、直ぐには購入しませんでした。何度かお店に通って商品棚を眺めた後に意を決して購入しました。

最近の手動鼻毛カッター(クリックで拡大)

ところが手動鼻毛カッターの使用は長続きせず鼻毛用のハサミに戻っています。正確に何年何月頃とまでは覚えていませんが、半世紀以上前の製品ですから、日本製と言っても品質に問題があったのかもしれません。当時使っていた通勤用・出張用のカバンが5~6個ありましたが、それぞれのカバン内ポケットにハサミが残っていたので、ハサミを使い続けていたと思われます。

退職してから既に四半世紀経ちますが、我が洗面所の棚には電動鼻毛カッターが鎮座しています。認知症予備軍の隠居のこと、電動式を我が家にお迎えした時期はハッキリしませんが、2011年に現在のマンションに転居した後のことなので2010年代の中頃と思われます。現在洗面所の棚には下図の4機種が鎮座していますが、使うのは1番のフィリップス機と4番のパナソニック機です。

鼻毛カッター(クリックで拡大)

2番のフィリップス機は1番機の後継機として期待して購入したのですが、カッターとしての機能を発揮せず直ぐにお蔵入りになってしまいました。代わりに購入したのが3番のパナソニック機です。1番は眉毛用や耳毛用として使い、鼻毛用は3番の役割でしたが、電池寿命が近づき負荷が大きい場合にカット動作を停止してしまうことが判明しました。

実は3番機だけが単4電池仕様なので細くスマートですが、ややパワー不足で鼻毛カット中に停止してしまったようです。散歩の途中でヨドバシの売り場を覗くと、同じパナソニック製で単3電池駆動機種がありました。早速購入したのが4番機で、以後、鼻毛専用機として活躍しています。3番機はお蔵入りではなく旅行用にするつもりですが、残念ながら未だ旅行の機会がありません。

青森東方沖地震

地震の時、隠居は朦朧とした状態でPCの前に座っていました。20年以上も目眩に悩まされている小生「何だかフラフラするなあー!」と思って、持病の目眩なのか地震なのか見極めようと暫くジッとしてましたが分かりません。PCの前を離れて居間に行きTVを点けると、画面には津波の予想情報が出ていたので「揺れは地震」だったことが判明しました。

残念ながらTVの方は津波情報一辺倒で遠く離れた横浜の震度には触れてくれません。そのままズーッと見ていれば、気象庁の発表等で各地の震度も出ると思いますが、他にすることがあり、TVを消してPCの前に戻りました。4月から新聞を取っていないので朝刊で確認することも出来ません。そのため、暫くは我が家の震度は分からずじまいでした。

東日本大震災の時は磯子区洋光台の団地住まいでした。ゴミを出しに建物から出た時に「揺れ」を感じ、今回同様に地震か目眩か迷ったのですが、この時は近くの電線が大きく揺れていたので直ぐに地震と分かりました。あの時、横浜は震度3か4だったのですが、今回は、Webに載っていた下の画像で判断すると震度2くらいだったようです。

青森東方沖地震の震度分布(クリックで拡大)

実は我がパソコンにもTVチューナーカードは入っているのですが、8月にCPUを保証交換した際、横着者の隠居はTVチューナーの設定をしていなかったため、今回のような咄嗟の場合に間に合わなかったのです。当該TVチューナーカードは一寸癖があり設定が面倒なので、設定しなければと思いつつ一週間経った今も未だ手がついていません。

CPUの保証交換

一年前、インテルの13世代・14世代CPU不具合問題が発覚しました。対策としてインテルはマイクロコードを修正、各マザーボードメーカーは修正マイクロコード対応のBIOSを公開しました。同時にインテルはCPU保証期間の2年間延長を発表しました。小生、CPUの保証期間が3年と言うのを知りませんでした。以前は新機種が登場すると直ぐに乗り換えていたし、インテルCPUの品質も安定していたのです。

最近はAMDやNVIDIAに押され気味ですが、今回の問題はインテルの技術開発力に陰りが見えてきた予兆かもしれません。取り敢えずの対策として、マザーボードのBIOSをバージョンアップ、BIOSの設定もインテル推奨のIntel Default Settingsにしました。その結果、それまでAdobe CS6等を使っている時に偶にあった原因不明のフリーズは発生しなくなりました。

残る問題は、それまで約一年間使用していたCPUの劣化です。Webで評判の「劣化確認テスト」を実施したところ劣化の可能性が確認されたので、CPU保証交換の請求をすることにしました。とは言え、横着者なのでCPUの交換請求を先延ばししてましたが、この夏の異常な暑さのせいで心境が変化したのか、突然CPU交換請求をする気になりました。

◆CPU交換の請求先
その気になったものの面倒なことが2つあります。一つはインテルへの交換請求のルートがハッキリしないことです。もう一つは保証交換中の代替PCの確保です。前者の窓口問題ですが、よく分からないのでインテルのWebサイトの「お問い合わせ」にアクセスしてみたら、予想通り「販売店に相談して下さい」とのことでした。下図の①です。

Intelお問い合わせ(クリックで拡大)

上の図に示したように購入先のヨドバシでは対応出来ないので、もう一つの選択肢②の「オンライン・サービス・リクエスト」をクリックしてみると、ログインを求められました。30年近くインテルのCPUを使っていますが、CPUでサポートを受けた記憶がありません。従ってログインした記憶もなく一寸慌てました。

インテル・ログイン(クリックで拡大)

登録データを収めた我がPCのフォルダーを覗いても、インテルへのサインイン情報は見当たりません。初めてのサインインに躓きながら、何とかインテルのカスタマーサポートセンターにアクセス可能になり「劣化確認テストと購入先の対応状況」をメールしました。対してサポートセンターからセキュリティチェックのためのアカウント確認コードが送られてきて、そこからCPU交換の手続きが開始しました。

◆保証交換
カスタマーサポートセンターから求められた情報〈ロット番号・シリアルナンバー・納品書記載のデータ等々〉をメールに添付した結果、我がCPUを交換担当部署(成田空港の近くにあるビルの5階)に送るよう指示がありました。送付先はインテルジャパンではなく「○○気付インテルジャパン」でした。同メールには当方が発送する不具合品の梱包について、注意事項が長々と書かれていて閉口しました。その文意は購入時の化粧箱その他は同梱せず、CPUだけを送れ、但し損傷しないようにパッキングは厳重にと言うことでした。

CPUチップ〈Core i9-13900K〉を裸で送るわけにもいかないので、購入時の同梱品のプラスチックケースに収め、そのプラケースをセロテープで固定しました。そのCPUを段ボールに収め、カスタマーサポートセンターの注意書きに従って入念に梱包して送ったところ、思ったより迅速に交換品が届きました。宅配業者の追跡情報を見ると、不具合品がインテルに到着した次の日には交換品が発送されています。インテルでのチェックは、CPUの劣化の確認ではなく、メールで遣り取りした情報と現品に刻印された製造情報を突き合わせるだけのようです。

◆交換品
思ったより早く届いた交換品は「Core i9-13900K」ではなく「Core i9-14900K」でした。次世代機種なので、本来なら「ラッキー」と思うところですが、14900Kも不具合問題を抱えた機種なので「ラッキー」と言う気分にはなりません。とは言え、新品なら未だ劣化はしてないので、BIOSの設定をIntel Default Settingsにしておけば取り敢えず不具合問題は解決です。

不具合CPUの交換(クリックで拡大)

上の画像を見ると13900Kはプレミアム・ボックス・デザインですが、保証交換品として送られてきた14900Kはスタンダード・パッケージです。インテルのハイエンド・デスクトップ・プロセッサーは、最初はプレミアム・ボックス・デザインで提供されますが、新しいプロセッサーが市場に投入されると、スタンダード・ボックス・デザインに移行するようです。

◆保証交換後のBIOSアップデートと劣化確認テスト
交換品「Core i9-14900K」を組み込んだ時点のBIOSは昨年8月にアップデートした時のままでVer.2503でしたが、その後、サポートセンターのT氏から最新のBIOS Ver.3001へのアップデートを勧められました。昨夏のマイクロコード修正以降も何度かマイクロコードの改善があったようで、細かい修正内容は分かりませんが、BIOS Ver.3001にアップデートしました。

BIOSアップデート(クリックで拡大)

念のため、NVIDIAドライバー連続10回インストールの「劣化確認テスト」を実施し、エラーが発生しないことを確認しました。劣化確認テストなので、新品なら当然エラーは発生しません。交換品の動作状況をメールした結果、サポートセンターT氏から「本日を持ちまして、こちらのケースはクローズさせていただきます。」との返信がありました。

劣化確認テスト(クリックで拡大)

◆代替機の確保
保証交換中はPCが使えないので代替機を準備する必要がありました。これが保証交換の面倒なことの一つです。我がPCから不具合CPUを取り外し、インテルに送付し、インテルからの交換品CPUが届いて我がPCに取り付けるまでの期間、現有機の代わりに使うPCが必要なのです。最安のCPUを購入する手もありますが、2週間を凌ぐだけなので、休眠状態の Windows 10 機を再登場させることにしました。

現用機と代替機(クリックで拡大)

代替機のOSはWindows 10なので、Windows 11に慣れた身には使いづらかったです。代替機のマザーボードに搭載されたリチウムイオン電池が消耗してしまったためか、起動の度にBIOSを弄ってHDDの動作モードをAHCIからRAIDに切り替える必要がありました。CドライブはSSDですが、Dドライブは4TBのHDD3台でRAID5を構成して8TBの領域を確保していたのです。

スマホの更新

初めて購入したスマホはASUSのZenfone3(SIMフリースマホ)でした。2017年春のことで、その後、5Z、6、7 と買い換えました。Zenfone7は4~5年使い続けてきましたが、最近、指紋によるロック解除が利かなくなり、ソロソロ更新時期と思っていたら2024年7月にZenfone11が発売されました。更新を4~5年見送ってきたので、Zenfone11への更新もぐずぐずして、2024年の暮れにやっと更新しました。ところが、2025年5月にZenfone12が発売されました。購入後数ヶ月で新機種の登場とは心穏やかでありません。未だピカピカのZenfone11を中古市場で処分して、Zenfone12に乗り換えました。

スマホ更新(クリックで拡大)

★AnTuTuベンチマーク
PCやスマホを更新した時はその性能を調べるためベンチマークテストをしています。スマホの場合、これまでAnTuTuベンチマークを実施してきました。4~5年ぶりにAnTuTuアプリをインストールしようとしたら勝手が違いました。
Google Playストアから直接インストール出来ません。AIに尋ねると曰く「AnTuTu公式サイトからAPKファイルをダウンロードした後、端末でそのファイルをインストールする必要があります。」とのことでした。

Antutu-ベンチ結果(クリックで拡大)

浦島太郎の気分でダウンロードとインストールをしました。途中の〈セキュリティアラート〉に目をつぶり何とかAnTuTuベンチマークアプリをインストールしました。ベンチマークテストは上に示すように圧倒的な結果となりました。
因みに、売却前に実施したZenfone11の結果は「2115488」でしたので、短期間でZenfone11からZenfone12へ入れ替えたことの面目は、自分としては立ったように思います。

 

給湯器の更新

今年に入って浴室リモコンで「エラー表示」が出るようになりました。浴室リモコンの「追い焚き」ボタンを押すとディスプレイの時刻表示が点滅して時刻の経過が分からなくなります。追い焚きは実行されるので、致命的なエラーではありません。メンテ契約をしている東京ガスの関係会社に電話すると、来宅した修理担当者の診断結果は「中和器の不具合」でした。この時、初めて給湯器の中に中和器と言うパーツがあることを知りました。

中和器は名前の通り、給湯器内で発生するドレン水(酸性水)を中和処理するパーツで、一定量のドレン水を中和すると寿命に達するようです。この不具合はパーツ交換で簡単に解決したのですが、これが切っ掛けになって、先延ばししてきた「給湯器本体の更新」を真剣に考えるようになりました。Webを見ると、かなりお安い工事業者もありますが、長年付き合いのある東京ガスの関係会社に給湯器交換を発注することにしました。

給湯器本体の更新

工事には、東京ガスの関係会社とその下請け会社から各1名が来宅しました。工事開始早々、作業者の誤操作でブレーカーが落ち、我がPCで作成中のファイルが消失すると言うアクシデントが発生、この時は発注先を間違えたかと心配しました。それでも工事は2時間ほどで終了しました。本体の更新に伴い台所と浴室のリモコンも新しくなりました。下図でも明らかですが、浴室リモコンの時刻表示が大きくなり、視力の衰えた小生でも良く見えるようになりました。

浴室リモコンも更新(クリックで拡大)

今回の給湯器本体の更新で台所と浴室のリモコンは新しくなりましたが、床暖房のリモコンはそのまま使い続けています。こちらは操作がやや面倒と言うか、操作手順がイマイチ分かり難く、年のせいか覚えた手順を次のシーズンまでに忘れてしまうので、最近はOnとOffのダイレクト操作しかしていません。

遅めのe-TAX

寝る前にPCを起動して着信メールを見ると、昼間送信した申告書の受信通知がありました。

確定申告受信通知(クリックで拡大)

e-TAXでの確定申告、例年なら1月下旬に終わっているのですが、今回は身内に不幸があって、12月~2月は些事に追われて確定申告のことを忘れていました。今朝別件でWebを覗いていて、e-TAX申告期限が3月17日に迫っていることを知りました。認知症予備軍の隠居のこと、後回しにするとまた忘れて「期限切れ」の恐れがあるので、散歩に出る前に申告書を送信しておこうと、急遽、e-TAXのサイトを開きました。

e-TAXのシステムは、年々改良されているので操作手順も少しずつ変わっています。改良されて使い易くなるのは良いのですが、高齢者は以前の操作手順も朧な上、改良されたUIにも戸惑わされることが多いです。ところが今年は入力がスイスイと進んで、作成したデータを送信する画面に到達しました。いざ送信ボタンをクリックしようと思った時「何か違うぞ!」と感じたのです。

よく見ると還付金の額や受取銀行の口座が表示されていません。ズーッと入力開始まで戻って、準々に追って行くと、所得の欄に何も入力されていません。入力フォームが変わったなと思いながら、入力せずに通り過ぎてしまったようです。所得に関する入力が皆無だったので、この点はe-TAXも「未入力」のアラームを出すべきと思いました。或いは当方がアラームを見落としたか?

ところで、入力を開始する前に、下図のようなマイナポータル連携を選択する場面がありました。選択画面は昨年もあったような気がしますが思い出せません。出掛ける前で急いでいたので、事前準備でトラブルと厄介だと思い、連携しない方を選択したのですが、これが間違いだったようです。マイナポータル連携だったら年金などの所得情報はそちらから取得出来たように思います。マイナポータル連携を選ぶべきだったと思いました。

マイナポータル連携(クリックで拡大)

 

遅めの新年会

2025年2月19日、昔の職場の有志が集まって「遅めの新年会」が開かれました。会場は御徒町です。早めに御徒町に着いたので駅の周辺を歩いてみました。と言っても風が強く寒かったので松坂屋の店内に入って店内散歩です。小生が上野松坂屋を利用したのは半世紀も前のことで、以来ズーッとご無沙汰でした。リニューアルした松坂屋は昔のイメージが希薄でした。

暫く店内をウロウロした後、春日通り側に出て、会場の吉池食堂に向かいました。吉池食堂はビルの9階なので近くのエスカレーターに飛び乗ったのですが、9階までは結構時間が掛かりました。とは言え、スローなエスカレーターを利用したお陰でガラス張りの壁面を通して外の景色がよく見えました。東京スカイツリーも見えたので、途中下車?してゆっくり眺めました。

途中階からの眺めは撮ったのですが、認知症予備軍の老人のこと、新年会の様子は撮り漏らしました。残念。(^_^;)
我らが新年会の会場は大きな和室を3つに仕切った個室の一つで、当日の参加者9名には充分な広さでした。
和室とは言え掘り炬燵様式で、椅子席に近いので問題ないのですが、足腰が衰えた小生は立ち上がる時にフラつかぬよう気力・体力を集中しました。

ミニアルバム
当日撮ったスマホ写真を忘れないうちにアルバムに纏めようと思って、プラグインの NextGEN Gallery を使ったのですが、暫くご無沙汰していたので、プラグインの使い方を思い出すのに苦労しました。

 

アルバム「黒谷/吉田山散歩」考

昨年暮れ、個人的な事情でアルバム制作が中断してしまいました。そのため、アップ出来たアルバムは番外編の上記「黒谷/吉田山散歩」だけで本編の「奈良散歩」は手がついていません。番外編は、アルバムでも記しましたが、吉田山頂上付近の「逍遙の歌」歌碑が目当てだったので散歩そのものは満足していますが、逍遙の歌について気がついたことを書いておきます。

まずはYouTubeから借用した動画を見てみます。第4連冒頭に「ラインの城」の画像が登場しますが、半世紀くらい前ドイツに駐在していて、ライン下りの観光船から見た「エーレンフェルス城址」と気がついたので、とても懐かしく思いました。以前動画を見たときは気がつかなかったのです。

もう一点は、第6連の歌詞が、動画と吉田山の歌碑で違っているのです。春と秋のフレーズの位置が逆なのです。前々から動画の歌詞に一寸した違和感を持っていたのですが、今回歌碑の歌詞を見て違いを確認出来ました。
比較のために、下に吉田山の石碑に刻まれた歌詞も載せて起きます。

吉田山山頂の歌碑抜粋

授業料値上げ

最近、東京大学が学部生の授業料を年53万5800円から約11万円引き上げ、2025年度入学生から同64万2960円にすることを決めた、と言うニュースがありました。既に値上げした大学もあり、東京大学に呼応して値上げを検討する大学もあると聞きました。大昔、高度成長の前で日本全体が未だ貧しかった時代に大学生活を過ごした隠居は、授業料が50万とか60万とか聞いて「ウワッ!高い!」と驚きました。隠居が大学に入学した1959年、国立大学の授業料は9,000円/年でした。(下図参照)

大学授業料の推移(サイト「年次統計」より)(クリックで拡大)

1959年当時、国立大学と私立大学の授業料差は3~4倍あったので、小生は、私立に行くことは全く考えていませんでした。なお、当時の都立高校の授業料は600円/月(7,200円/年)だったようで、これに比べると国立大学の9,000円/年は安かったと思います。隠居の高校は国立だったので、授業料は更に安く100~150円/月(1,200~1,800円/年)くらいだったと記憶しています。小生の進学プランは、家から通学出来る首都圏の国立大学が目標で、授業料はアルバイトで稼ぐ予定でした。

当時、高度成長の前だったので、アルバイトの日給は300~350円/日でした。授業料9,000円/年をバイトで稼ぐには、30日働く必要がありました。入学した年の7月頃から登校せずにバイトに専念、後期は休学してバイトを続けました。4年分の授業料が貯まったかどうか記憶が定かではありませんが、復学した後も4年間、春休み、夏休み、冬休み、にはアルバイトに精を出していました。大学の授業はあまり思い出しませんが、アルバイトとそこでお会いした人達は懐かしく思い出します。

我がアルバイトの記憶(クリックで拡大)

現在の国立大学の授業料が60万円/年、バイト代が15万/月とすると、授業料を稼ぐには4ヶ月働く必要があります。30日で間に合った隠居の時代と比べると大変な負担増のように思います。昔と違って今は給付型奨学金の制度が充実しているのかもしれませんが …………。高校の夏休み、岩切晴二の「解析精義」や「三角法精義」に夢中になったことと比べて、アルバイトに忙しかった大学時代はあまり勉強した記憶がありません。学業の面で言えば、アルバイトはあまりしない方が良いと思っています。

上図に、S区役所での保険料計算がありますが、当時の地方自治体の計算事務は、ソロバンと手回しのタイガー計算機が主でした。ところが新年度から国民健康保険制度が発足するため、区役所は奮発して、手回しではなく電動式の計算機を用意、それを使って我々アルバイトが計算業務を担当したのです。事前の見積もりでは、アルバイト一人当たり一日5百件として、4人で30日あれば6万件処理可能と見込んでいたようです。統計を見ると、当時のS区の所帯数は8万だったので、小生としては、国保対象所帯数は6万所帯以内だったと推定します。

電動計算機による処理実績ですが、4人の中では一番若い小生が約700件/日でトップでした。アルバイト中のある一日、S公会堂を借り切って職員慰労会が開催され、我々アルバイト生も招待された記憶があります。M重工の図面トレースでは、古手の係長が「君、製図はうまくないな!アルバイト中に俺が鍛えてやる。」とのことで、直々に鉛筆の選び方から、削り方、芯の形状の整え方まで教えられ鍛えられました。お陰で、クラス中で一番綺麗な図面が画けるようになりました。

アルバイトに関連して二つの流行歌を思い出します。初めてのアルバイト「塗料調合」は揮発性の溶剤を扱う作業なので、工場入口付近の半屋外が作業場でした。作業していると近所(多分ラジオ)からペギー葉山の「南国土佐を後にして」が四六時中聞こえてきました。また、港湾関係会社のスケッチ製図では、毎日、会社近くのマリンタワーの食堂で昼食をとりました。夏なのに、いつ行っても吉永小百合の「寒い朝」がBGMとして流れていたのを覚えています。

選手交代7_長傘

隠居は緊急時以外は長傘を使用しています。先日、傘をすぼめようとして傘骨がブラブラしているのに気がつきました。ジャンプ式なので、親骨と親骨を支える受骨に加えて「引線」と言う短い骨がありますが、受骨と引線を接続しているハトメが腐食して壊れたようです。考えてみると、この傘は90年代後半に購入したので四半世紀も使っています。外れた部分を観察すると、街の修理屋さんに持って行けば直りそうな気もしますが、四半世紀も使ったので選手交代させることにしました。

壊れた受骨と引線の接続部(クリックで拡大)

尤も、交代する傘も引退する傘と同じく四半世紀前に買ったものなので古いですが、未使用品なので外観は新品のようで今後10年は使えそうです。傘のブランドはOLIVERとイヴサンローランでどちらも傘地は紺色です。売り場で、どちらにするか迷ったのですが、迷ったあげく両方とも購入しました。OLIVERの方が少し安く気軽に使えたので、イヴサンローランの方はバックアップ的な存在となり、結果、OLIVERが20数年間ズーッと使われ続けました。

1990年代後半に入手した長傘二本(クリックで拡大)

長年愛用した傘なので愛着があり、なんとなく別れ難いので、廃棄する前に記念写真?を撮りました。OLIVERの方は「玉留め」が無く、口(くち)ネームバンドで親骨を束ねる方式、イヴサンローランの方は「玉留め」があり、布製の傘袋もついていてクラシックな感じです。胴ネームの留め具も、OLIVERはホック式、イヴサンローランはボタン&リング式です。後継となるイヴサンローランの方は、既に2度持ち出して使いましたが、OLIVERとは使い勝手に微妙な差を感じました。